猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

笹沢左保『流れ舟は帰らず 木枯し紋次郎ミステリ傑作選』

 

三度笠を被り長い楊枝をくわえた姿で、無宿渡世の旅を続ける木枯し紋次郎が出あう事件の数々。兄弟分の身代わりとして島送りになった紋次郎がある噂を聞きつけ、島抜けして事の真相を追う「赦免花は散った」。瀕死の老商人の依頼で家出した息子を捜す「流れ舟は帰らず」。ミステリと時代小説、両ジャンルにおける名手が描く、凄腕の旅人にして名探偵が活躍する傑作10編を収録する。解説=末國善己

 

超有名シリーズであるとともに本格ミステリとしての評価も高い木枯し紋次郎。そんな中から選りすぐられた十編をまとめた傑作選です。

帯やあらすじの煽り文句からは非常に派手な印象を受けますが、あまり派手さはなくどちらかというと細かい技巧や厭世的な世界観が魅力であると思います。ただ、やはり長期シリーズであるのと作者自身が縛りを設けていたためなのか、非常に型にはまってしまっている印象を受けました。「全編傑作」と手放しには絶賛できないですが、全体的な作品のクオリティから見て、読んで損することはまずない良短編集であると思います。私的ベストは『女人講の闇を裂く』。以下、それぞれについて軽く感想を。

 

 

「赦免花は散った」
 兄弟分の身代わりとして流刑を受けた紋次郎。彼は仲間からの島抜けの誘いを兄弟分との約束を理由に断り続けていた。しかし、島抜けを図った三人の流人が処刑された三日後、新入りの流人がやってくる。そしてその彼の一言をきっかけに紋次郎は島抜けを試みるようになるが……。

 紋次郎初登場作品。本筋の謎とその解決もさることながら、一見本筋とは関係ないようなエピソードをうまく絡めてくる手腕は非常に鮮やかで、また紋次郎のハードボイルド的人物像の形成をただのシリーズのための導入ではなく物語の小道具として生かしているのも見所です。一部、描写が足りないために犯人の行動の理由を示せていないというマイナス点がありますが、それを差し引いても傑作選の巻頭を飾るに相応しい良作であると思います。

 

 

「流れ舟は帰らず」

 江戸の商人・天満屋彦三郎は、十五年前出奔した息子・小平次が上州にいるという噂を聞きつけ娘のお藤とともに旅に出た。その道中、二人は小平次の消息を知っているというお光と出会い、ともに小平次の元へと向かうことに。しかしその直後、彦三郎がゴロツキたちによって殺されてしまう……。

 40ページ強という比較的コンパクトな分量ながら、非常にミステリとしてよくできていて、特に手掛かりの配置の仕方やミスリードは秀逸です。また、ラストシーンが素晴らしく、優れた叙景により紋次郎のセリフが非常によく決まっています。

 

 

「女人講の闇を裂く」

 犀川の渡し場で越後の二本木に暮らすお筆という女を助けた紋次郎は、ちょうど庚申待ちが行われる日に二本木で夜を過ごすことになった。しかしちょうどその日は二十年前のある事件により姿を消してしまった青年が、復讐を行うと言い残した日だったのだ……。

 意外性という点では前二編よりも落ち着いているものの、意外なところから伏線を引っ張ってくる様やラストでの二転三転は非常に技巧的で、個人的には収録作中で最も出来の良い作品であると思います。

 

「大江戸の夜を走れ」

 下高井戸の茶屋で休んでいた紋次郎は病気になった女と子供をかかえやすんでいたある農民から頼まれごとをされる。それは、女の亭主である為吉が市中引き回しと死罪が執行されるため、女たちの代わりに赤いものを持って為吉に会いに行ってほしいということだった……。

非常に考え抜かれた作品です。帯では「死罪となる直前、盗賊が遺した暗号の意味とは?」とい紹介をなされていますが、この作品の見どころは「暗号」ではなく、そこから明らかになる驚きの真相です。暗号自体は非常にあっさりしたものなのですが、それがよりラストのどんでん返しを引き立たせる材料となっています。

 

「笛が流れた雁坂峠

 硝薬が持ち出された可能性があるために関所の通行が非常に厳しくなったと聞かされた紋次郎。そのため、間道を通行しようとするが、その際に謂れのない疑いにより襲われてしまう。そして紋次郎は宿場女郎たちによってなんとか助けられたものの、彼女たちは紋次郎に山越えを手伝ってくれるように頼まれてしまう……。

 解説にある通り『そして誰もいなくなった』を彷彿とさせる作品です。が、正直なところ、これまでとくらべると明らかに落ちる。伏線を意識し過ぎたあまりに犯人が分かりやすくなっていますし、その裏に隠された真相も辻褄の合わない部分がいくつか見られます。趣向は面白いだけに非常に惜しい作品です。

 

「霧雨に二度哭いた」 

 紋次郎は油井村の入り口でお六という少女から助けを求められる。しかし紋次郎はそれを拒否し、その場を去った。その夜、お六にそっくりの少女・お七と出会い、彼女がお六の双子の姉であり、妹のお七は生まれてすぐ油井村に引き取られたことを聞かされる。そしてその翌日、寝起きの紋次郎はお六とその両親が死体となって見つかったことを知らされる……。

 解説において明言されていますが、この作品には双子トリックが使われています。しかし、このトリックも非常に優れていて、おそらく身構えて読んでも分からないようになっているんですが、それ以上に素晴らしいのが構成の妙です。プロローグ的な導入がミステリとして非常によく作用した秀作です。

 

「鬼が一匹関わった」

 紋次郎は右足に深い傷を負った渡世人・弥一郎からお鶴という娘をお大尽屋敷の当主であり自分の弟である金三郎の元へと届けてくれるように頼まれてしまう。その頼みを断ろうとした紋次郎だったが、なんとその時弥一郎は崖下へと墜落してしまったのだった……。

 非常に技巧を凝らそうとしているのは分かるものの、個人的にはイマイチな印象でした。非常にミスリードが型にはまってしまっていて、そのために真相が見えやすくなっていた印象です。また、そこからのもう一段階の真相もフェアとはいいがたい印象を受けました。

 

「旅立ちは三日後に」 

 神社の境内で行われている賭場に立ち寄った紋次郎。しかし、ある老人に情けをかけたために賭場から追い出され、さらにその前にあった崖から転落してしまう。そこをその老人とその孫娘に助けられ、三日間だけ世話になることになるが……。

 ミステリ要素は薄く、トリック自体もさして珍しいものではないです。しかし、おそらくもっとも収録作中で紋次郎の人物像とストーリーが密接に関わった作品です。また、やるせない真相の作品が並ぶ中で、最も虚無的な作品ではないかなと思います。ストーリー的には一、二を争うぐらいに面白かったです。

 

「桜が隠す嘘二つ」

 大親分の仁連の軍造は、娘のお冬の婿に市兵衛を取ろうと考えていた。しかし、軍造は市兵衛の年齢と貫禄の無さを危惧し、大名たちに後ろ盾を頼もうと考える。そこで、名だたる大名たちを招き跡目相続の疲労を行おうとするが、その矢先娘のお冬が死体となって発見された。そして、お冬の死体が発見された神社に居合わせたのはかの紋次郎だったのだ……。

 名だたる大名たちの前で推理するというシチュエーションに、ある一つの手がかりから真相を導き出すさま、そして容疑者は探偵役自身、という如何にもな設定ではありますが、正直なところ真相が趣向の面白さに勝っているとは言えません。また、紋次郎が真相に至った筋道も明確には示されておらず、自分の容疑を晴らすための論理がしっかりとしていた分残念な印象を覚えました。

 

「明日も無宿の次男坊」

 大店・尾張屋は十五年前に勘当した次男坊・宗助を呼び戻そうとし、情報提供を求めていた。礼金目当ての渡世人が後を絶たないために尾張屋は宗助には手にやけどの古傷があるという情報を新たに加えた。その一方、紋次郎は宗助という名の渡世人と出会い、尾張屋へと連れて行ってくれるように頼まれる……。

 収録作の後になればなるほど作品のミステリとしてのクオリティが下がってきているように感じていたので、あまり期待せず読んだのですが、非常によくできた作品でした。ある行動に何重もの意味を含ませることで、真相を見えにくくするとともにミスリード的に作用させる手腕は見事だと思います。