ジョー・ネスボ『その雪と血を』
1977年のクリスマス前夜。殺し屋のオーラヴは麻薬組織のボスから仕事を依頼され、準備に取りかかっている。淡々と、いつも通りに始末するつもりだった。標的である、ボスの妻をひと目見るまでは…愛に翻弄された彼の選択は、敵対する組織をも巻き込んでオスロの裏社会を大きく揺るがすこととなる。ノルウェーを代表するサスペンス作家がみずからの故郷を舞台に描く、美しくも凄惨なパルプ・ノワール。
こういう書き出しから始まります。
綿のような雪が街灯を舞っていた。舞い上がるとも舞い降りるともつかずに、オスロ・フィヨルドを追おう広大な闇から吹き込んでくる身を切るような寒風に、あてどもなく身をゆだねている。風と雪は一緒になって、人けのない夜の波止場の倉庫街の暗闇でくるくると渦を巻いたが、やがて風はそれに飽きてダンスの相手を放り出した。乾いた雪は壁ぎわに吹きつけられて、俺がいま胸と首を撃ったばかりの男の靴の周りに舞い降りた。
主人公の殺し屋・オーラヴはボスのライバル業者である《漁師》の手下を始末するという一節なんですが、もうすでに素晴らしい。
非常に洒落た言い回しに、イメージ喚起力に富んだ叙景。少し独特のユーモアを含みながらも決して雰囲気を壊さない。
この最初の1ページでもう一気に物語に引き込まれたんですが、この後もとにかく良い。
仕事を終えボスへの連絡を終えると彼はこんなことを言います。「俺にはできないことが四つある」と。そして彼が殺し屋になった経緯が淡々と、そして少しユーモラスに明かされていきます。オーラヴの人間的側面を示す、後々話の根幹にかかわってくるエピソードを織り交ぜながら。
ここまででたったの10ページ強。
ここから、非常に心地よいテンポで、時たま回想やらちょっとおかしな独白を入れ込みながら物語が展開されます。
で、この物語がどういうものなのかというと、ノワール×クリスマスストーリーであり、愛と贖罪、そして裏切りの物語です。
ノワールとクリスマスストーリーの奇跡の融合なんて表現をなされていたりしますが、まさにその通りで、信じられないぐらいにうまくいってる。
ただ単に二つの要素が並列にされているわけではなくて、相乗効果で二倍にも三倍にも面白くなっている。
だからこそ、血腥く、人間臭い物語が非常に繊細で精巧な芸術品みたく感じられ、その一方でアンダーグラウンド的な興味もより引き立つ。
この作品の面白さって、非常に進行形的なものだと個人的には思っています。
読んでるその時に、現在進行形として面白く楽しい。そういうことです。
ミステリ作品の中にはパズル的な面白さ、つまりラストでの驚きであったり、ロジックや伏線回収の快感に重きを置いてる作品が多いですし、僕もどちらかというとそういう魅力に取りつかれて、ミステリを読んでる人間ではあるのですが、この作品はそうした面白さも持っていながら、常に読んでいて楽しいと感じさせられる作品です。
また、そうした一定的な面白さの中で、精妙な伏線であったり、驚きの展開、そして感情が揺さぶられるようなあまりに印象的な言い回しが使われることで緩急がつけられます。だからこそどんどんページを捲りたくなるし、読んでいて疲れも退屈も感じさせられることがない。
そして、ミステリ的な側面から見てもとても面白い作品です。構成の巧さという点では、本格としても興味深い作品であると思います。そして、そのミステリ的な技巧を決して物語の面白さの主眼として押し出すのではなく、その後のストーリーのための起爆剤的役割を担わせているのも面白いと思います。
というわけで北欧発のパルプ・ノワール堪能しました。
あまり触れてこなかったジャンルではあるのですが、思っていた以上に楽しめましたし、これまで読んでこなかったことを後悔させられました。
最上級の読書体験ができる傑作です。