猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

戸田義長『恋牡丹』

 

恋牡丹 (創元推理文庫)

恋牡丹 (創元推理文庫)

 

 北町奉行所に勤める戸田惣左衛門は、『八丁堀の鷹』と称されるやり手の同心である。七夕の夜、吉原で用心棒を頼まれた惣左衛門の目前で、見世の主が刺殺された。衝立と惣左衛門の見張りによって密室状態だったのだが…「願い笹」。江戸から明治へと移りゆく混乱期を、惣左衛門とその息子清之介の目を通して活写した。心地よい人情と謎解きで綴る全四編を収録。文庫オリジナル。 

 

 第27回鮎川哲也賞の最終候補作で、今村昌弘『屍人荘の殺人』、来年刊行予定の一本木透『だから殺せなかった』に続く三番目の評価を受けた作品です。

 

江戸末期~明治初頭を舞台にした時代本格ミステリ

形式としては連作短編集なのですが、まずなによりも連作短編集としての組み方が上手い。

各々はちゃんと独立した短編であるのですが、その背景で全体の流れとして江戸~明治にかけての時代の変遷と登場人物の成長が描かれています。

その描き方として、余分なバックグラウンドの書き込みを避けるために、時代の転換期と登場人物たちのターニングポイントを重ね合わせ、それを個々の短編で切り取っています。この手法によって、読者が描かれていない部分の補完を十分にできるようになっているので、連続的な流れを掴みやすくなっています。

 

また、ミステリと物語の絡み方もこの作品の見どころとして挙げられます。

前述の通り、各々の短編で描かれるのは登場人物のターニングポイントなのですが、これがどういうものか非常に簡単簡潔単純明快にいうと、最初に登場人物が抱えていた、あるいは家庭内に横たわっていた問題が物語を通して解決へと至る、というものです。

それでミステリと物語の絡み方が良いとはどういうことなのかというと、その彼らが抱えていた問題が事件の謎を解く手掛かりになり、またその問題を解決するための材料が毎回引き起こされる事件である、という二つが共存関係にあるということです。

こうした構成は青春ミステリなどでよくみられるものですが、これをもう少し大きな範囲のものへと応用させた点は非常に興味深いです。

 

単純にミステリ短編集としても巧く、whodunit, whydunit, howdunitと主眼の謎を変化させることで読者の興味をより惹きつけやすくしていますし、伏線をそのまま解決へと直結させるのではなく一捻りすることで読者からは真相を見えにくくすることが出来ています。

細部に関しては以下各々について軽く書きたいと思います。

 

「花狂い」

非常にオーソドックスなフーダニットです。手がかりの配置のさせ方も見事ですが、それ以上に素晴らしいのがすべての事象が完璧に理由付けできている点でしょう。フーダニットとしての綻びを生まないために、細部まで詰め込まれているのが伝わってきます。また、フーダニット以外にもホワイの点から見ても面白い作品です。

 

「願い笹」

私的ベスト。

倒叙的な導入から始まるハウダニットに主眼を置いた密室を扱った作品です。倒叙にすることで読者から見てフェアなハウダニットとなっています。また解決の一歩手前までは示してしまうことで、よりインパクトを演出できています。

 

「恋牡丹」

伏線の張り方が分かりやすいためにメインネタがわかりやすくなっているのは否めませんが、そのネタ一本に頼り切ることなくそのほかの部分にも技巧を凝らすことで満足度の高い作品です。

 

「雨上り」

茶汲み女はなぜ初対面の男を殺したのか、という謎を扱ったホワイダニット短編です。真相自体は突飛なものではありませんが、解決に至る道筋が上手く、ちゃんと手がかりも示されており、ホワイダニットとしてよくできています。また、この解決から(物語としての)連作のラストへと繋がっていく様は見事で、この作品の最後を締めくくるに相応しい作品です。