猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

マイクル・Z・リューイン『A型の女』

 

A型の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

A型の女 (ハヤカワ・ミステリ文庫)

 

お願い、わたしの生物学上の父を探して―。閑散としたオフィスに突然飛び込んできた少女にサムスンは面食らった。大富豪クリスタル家の一人娘が、血液型から自分は実の子ではないことが判明したと涙ながらに訴えるのだ。さっそくクリスタル家の系譜を探り始めたサムスンは、こころならずも名家の巨富をめぐる醜悪な争いに巻き込まれてゆく。暴力を憎む心優しき知性派探偵アルバート・サムスン、文庫初登場。改訳決定版。

 

“暴力を憎む心優しき知性派探偵”なんて最高じゃないですか。

所謂ハードボイルドの探偵像とは真逆の、どちらかといえば一般のサラリーマンのようなそういう探偵。

飲酒も喫煙もほとんどせず、違法行為もせいぜい捜査のための不法侵入程度。

 

そうした一風変わった探偵像と符合するようにストーリーも死体が転がっていたりも、ガンアクションがあったりするわけでもない極めて穏やかで落ち着いたものです。

ですが決してハードボイルド的な興味を排斥しているわけではありません。ユーモアもプロットも語り口も非常にこなれていて安心して楽しめる。デビュー作とは思えないほどに。だからこそストーリーは地味ではあるけれども退屈では全くなく、むしろ読み心地が良く、読むのを止められないほどです。

 

そしてこの作品の最も大きな魅力は二点。依頼人と探偵の軽妙なやり取りや関係性とミステリ的にも面白い真相。

後者に関してはネタバレなどを考慮して詳しくは述べませんが、手がかりのつなげ方とある展開に関してはとてもミステリとしても優れていると思いますし、個人的にはとても楽しめました。

 

では前者について。

依頼人はあらすじにもある通り名家の一人娘です。彼女の人物像はよくある典型的なお嬢様という感じで、天真爛漫、天衣無縫、向こう見ずで怖いもの知らず。

ですが、この型にはまった人物像が少し変わった探偵像と信じられないぐらいにうまくはまっている。

この少女に振り回されそうになりながらも優位に立ったり、はたまた彼女の置手紙に〈愛をこめて〉という文句を入れようか悩んでみたり、この少女像がいかにしたら映えるか、魅力的に映るかというのが良く考えられている。

サムスンは彼女の奥に自分の実の娘を見て、またガールフレンドの姿を見ています。それは大人ぶりたがる子供でありながら、大人っぽさも内包している、そうした大人でもなく子供でもない存在だからであり、それと同時にあくまでも依頼人と探偵という関係性であり、目には見えない大きくも小さくもない距離があるからです。

その距離の小さく無さは物語の中盤ではうまく効いてきますし、その一方で距離の大きく無さは物語のラストで効いてくる。

素晴らしいの一言に尽きます。

 

「少女と探偵」という関係性を描いた素晴らしいハードボイルド作品です。