小泉喜美子『血の季節』
青山墓地で発生した幼女惨殺事件。その被告人は、独房で奇妙な独白を始めた。事件は40年前の東京にさかのぼる。戦前の公使館で、金髪碧眼の兄妹と交遊した非日常の想い出。戦時下の青年期、浮かび上がる魔性と狂気。そして明らかになる、長い回想と幼女惨殺事件の接点。ミステリーとホラーが巧みに絡み合い、世界は一挙に姿を変える。
ホラーミステリというよりも幻想ミステリという形容の方がぴったりだと思います。
登場させるガジェットから「ホラー」という表現を用いるのは十分理解できますが、この作品の魅力というのは殺人犯の独白がほとんどである(警察パート、及び現実パートもあるのですべてではないですが)ために醸し出された底知れぬ曖昧さとそれに合致した儚げでありかつ少し洒落た文章だと個人的には思うので「幻想」ミステリという表現を用いたいなと思います。
この作品は、著者もあとがきで述べている通り、ドラキュラをモチーフにした作品です。シンデレラをモチーフにした処女長編『弁護側の証人』、青髭の『ダイナマイト円舞曲』、そしてこの作品、で西洋三大ロマン、ということらしいです。
この三作、モチーフを知ったうえで読むと面白さが半減してしまうように思うかもしれませんが、全くそんなことはないです。
それどころか、どちらかというとモチーフを知りそれをある程度念頭に置いたうえで読んでほうが、より楽しめるように思います。おそらく、著者自身もそれを意識して書いているように思います。
設定としては青山墓地で発生した幼女惨殺事件の顛末を語るため、容疑者が自分の少年時代からの話を始めるという話です。
あらすじの限りでは、ミステリではないように思えますが、安心してください(?)ガチガチのミステリです。
この作品最も大きな見どころは終盤の“独白”というテクストに関する検討とそこから展開されるミステリ的仕掛けです。
まず、この作中では彼があくまで“被告人”であるという点が重要です。彼は狂人なのか否か、という問題は彼の独白の信憑性という問題とともに彼が刑に処されるのかどうかという問題も生まれます。
これによって、作中人物が独白に関する検討を行うことが自然なものとなっています。
そしてそれに付随するようにミステリ的展開へと持ち込まれるのですが、ここである人物によって述べられるとあるコンフリクトにも注目です。
“吸血鬼”に関する記述ががそれまではなかったために、著者と読者の吸血鬼に対する認識の差があれば読者に違和感が生じてしまいまうというマイナス点がありますが、それを押しつぶすように怒涛の展開が繰り広げられるためほとんど気にはなりません。
で、このミステリ的展開というのは、例えば国内の超有名ホラーミステリーシリーズを彷彿とさせるようなものであったり、はたまた某有名英国本格のシリーズを想起させるようなものであったりします。この辺に関しては、おそらく人によって感じ方は違うと思いますが、やはり本格ミステリという認識は一致するでしょう。
というわけで、小泉喜美子の第三長編、紛うことなき幻想ミステリの傑作でした。