猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

藤井太洋『オービタル・クラウド』

 

 

 

流れ星の発生を予測するWebサービス〈メテオ・ニュース〉を運営するフリーランスのWeb制作者・木村和海は、衛星軌道上の宇宙ゴミ(デブリ)の不審な動きを発見する。それは国際宇宙ステーション(ISS)を襲うための軌道兵器だという噂が、ネットを中心に広まりりつつあった。同時にアメリカでも、北米航空宇宙防衛軍(NORAD)のダレル・フリーマン軍曹が、このデブリの調査を開始した。その頃、有名な起業家のロニー・スマークは、民間宇宙ツアーのプロモーションを行うために自ら娘と共に軌道ホテルに滞在しようとしていた。和海はある日、イランの科学者を名乗る男からデブリの謎に関する情報を受け取る。ITエンジニアの沼田明利の助けを得て男のデータを解析した和海は、JAXAに驚愕の事実を伝えた。それは、北米航空団とCIAを巻き込んだ、前代未聞のスペース・テロとの闘いの始まりだった──電子時代の俊英が近未来のテクノロジーをリアルに描く、渾身のテクノスリラー巨篇! 

 

『SFが読みたい!』1位、星雲賞日本SF大賞の三冠を取った作品。

もうすでに評価が固まっているような作品なので、今更書くことはないようにも思いますが、ぼちぼちと書きたいと思います。

 

舞台は2020年。流れ星の予測を行うWebサイト〈メテオ・ニュース〉を運営している木村和海は、ある日イランが打ち上げたロケットブースターの二段目“サフィール3”が大気圏に落下することなく、それどころか逆に高度を上げていることに気付く。その謎を解明すべくITエンジニアの沼田明利の手を借り、“サフィール3”の解析を始めるが……。

 

あらすじでは、木村和海が物語の中心になって進行していくように書かれていますが、序盤はJAXAやNOARD(北米航空宇宙防衛司令部)、CIA、セーシェルのアマチュア天文写真家にテヘラン工科大学、はたまた北朝鮮のスパイ、さらには宙旅行を行う実業家、と様々な視点で、物語が進行していきます。

これに関しては正直なところ、読んでいて全部を把握しづらく、またそれぞれの専門用語が理解しにくいため辛いところがあります(とは言っても、話自体は非常に面白いので決して退屈はしません)。

しかしながら、それは上巻の200ページぐらいまでで、そこからはすべての視点が一つの物語としてつながるので非常に読みやすくなります。

この繋ぎ方が非常に上手く、展開も派手になるのでとても面白い。またそこに巧みに伏線も仕込むことで効果的な物語の演出もなされています。

 

この作品の大きな見どころとして、文章と物語の符合が挙げられると思います。

読んでみたら非常によくわかるのですが、文章が全体的に国内作品というよりも海外作品的です。ユーモアはもちろん、話の展開のさせ方や地の分の使い方にそうした特徴がみられるように思います。ですから、最終的には全世界を舞台に繰り広げられ、果ては大気圏を飛び越してしまう、壮大なスケールが非常に納得感の行くものとなるとともに、国際色の豊かな登場人物たちがより映えるようになっています。

 

また、そのほか大きな特徴として挙げられるのが、登場人物全員が常人以上に優秀であるという点。

物語の進行をより円滑にし、読者にストレスを与えないとともに、全体の能力のアベレージを上げることで、非現実的な人物造形も納得のいくものとなっています。また、それを伏線的に扱ってもいますし、かつ前述のようないくつもの物語の繋がりがより印象的になり、描かれていない以上の物事を読者に想像させるような形になっています。

しかし、そうした理知的で人間的な側面をほとんど帯びていないように見える天才たちを描く一方で彼らに人間臭い側面も描いています。本筋とも密接にかかわっている天体を使って、非常に明らかな形で、単純な論理では示せない人間の感情を書ききっています。

 

壮大なスケールと派手な展開の一方で、細部も完璧に詰め、効果的な技巧の光るエンターテインメント作品です。傑作。