猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

藤井大洋『ビッグデータ・コネクト』

 

ビッグデータ・コネクト (文春文庫)

ビッグデータ・コネクト (文春文庫)

 

 〈サンマル名簿〉という特殊詐欺の捜査を行っていた京都府警サイバー犯罪対策課の万田は、ある日突然ITエンジニア誘拐事件の捜査を命じられる。突然の要請を訝しむ万田だったが、その犯罪の陰に二年前XPウイルスの作成者として取り調べを行っていたものの不起訴となった武岱が潜んでいることを知る。協力者という体裁で武岱の監視を行いながら捜査を進める万田だったが……。

 

藤井太洋の第四長編です。

作者の藤井太洋は、第一作『Gene Mapper』がkindleのセルフ・パブリッシングで年間一位を取り、改稿を経て早川書房から出版、第二長編『オービタル・クラウド』は星雲賞日本SF大賞にベストSF1位、そして現在は日本SF作家クラブの会長、と完全なSF作家で、他の作品はIT色の強い近未来SFという感じなのですが、この作品『ビッグデータ・コネクト』はSF的側面の薄い作品です。

 

まず、物語は取調室から始まります。

主人公の万田英人は京都府警サイバー犯罪対策課の警部。その向かいに座るのはエンジニアの武岱修。彼はXPウイルスの作成者として取り調べを受け続けていたものの、二年間黙秘を続けついに不起訴となった。

そして時間は経ち二年後。万田は特殊詐欺〈サンマル名簿〉の捜査を行っていた。そんなとき、彼は突然ITエンジニア月岡冬威誘拐事件の捜査に当たるよう言われる。〈サンマル名簿〉の捜査途中だった万田はそれを疑問に思い尋ねると、なんとその捜査線上に武岱修の名前が浮上したのというのだ。武岱修に捜査協力を仰ぐ形で監視を行う万田だったが……。

 

というあらすじを読んでみればわかるようにいかにも藤井太洋らしいITが密接にかかわった作品です。

で、この誘拐事件なのですが、犯人から届いた犯行声明によると動機は、現在大津に建設中の官民複合施設〈コンポジタ〉の計画を止めるためということ。この誘拐されたエンジニア月岡は〈コンポジタ〉のシステム設計・開発に深くかかっていた人物です。そして、その犯行声明と同時に送られてきたのが、生活反応のない月岡冬威の切断された親指。

と、非常にミステリファンからしても楽しみなあらすじなのですが、内容もそれに負けず劣らずの面白さです。

 

そもそも、藤井太洋は非常にミステリ的手法が上手く、基本的にミステリとして銘打っていない他作品も、伏線の張り方や真相の見せ方から見ればミステリとしても非常に面白い作品が多いです。

ですから、読む前からミステリ要素に不安はなかったのですが、それにしても面白い。生活反応のない切断された親指を起点にして何転もする展開はとても読みごたえがありますし、また犯人に繋がる手がかりの仕込み方であったり、思いもよらぬところからの繋がりは非常にミステリ的です。

 

ですが、その一方でSF的視点も良い。他作品では、ディストピア的世界において未来に対する希望をITで見出す、そういう作風なのですが、この作品はいうなればそのディストピアの一歩手前。その中で他作品よりもさらに現代に近づいた世界観で、現実の現状と情報管理に対する警鐘、そしてそれに対する活路を官民複合施設〈コンポジタ〉とその開発エンジニアの誘拐事件という形で示しています。

 

様々な視点から見て非常に面白い作品です。SFに対する興味があまりないミステリファンでも楽しめる作品です。