猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

連城三紀彦『敗北への凱旋』

 

敗北への凱旋  綾辻・有栖川復刊セレクション (講談社ノベルス)

敗北への凱旋 綾辻・有栖川復刊セレクション (講談社ノベルス)

 

終戦後まもないクリスマスイブ、安宿で片腕の男の死体が見つかった。容疑者の中国人女性・玲蘭は彼の情婦をも殺し、自らも身を投げる。痴情のもつれと見られた事件の背後には、恐るべき陰謀と愛の悲劇が隠されていた。男が残した美しい旋律を手がかりに、戦争に翻弄された男女の数奇な運命が今、明かされる。  

 

傑作です。間違いなく。

今まで読んできた連城作品の中では五本の指に入るぐらいに。

といっても、決して瑕疵がないというわけではありません。それどころか、つつけばつつくほどマイナス点が出てきます。

けれども、やっぱりそういうどこか抜けていて、またどこかぶっ飛んでいる作品が個人的には、この作品が好きですし、連城作品が好きです。

 

個人的には連城の人物造形は良くも悪くも人工物的なイメージを持っています。これは本格で人間が欠けていないという批判のようなものではなく、どちらかといえば逆に人間を書き過ぎて、人間を超えた何者かになっているというようなそういう意味合いです。

例えば、『戻り川心中』なんてその最たる例で、明らかに現実に対応させて考えてみれば絶対にありえない、ぶっ飛んだ奇想を、人間の深層の深層まで掘ることで描き切ってしまった大傑作です。

 

それで『敗北への凱旋』の話に戻りますが、まずとりあえず軽くあらすじを紹介していきたいと思います。

昭和二十三年のクリスマスイブ、横浜で津上芳男という男が射殺される。その二日後、日本人娼婦も殺される。捜査過程で、津上芳男は元ピアニストの元軍人・寺田武史だと判明する。しかし、この二つを三角関係のもつれとして断定した警察は中国人女性・玲蘭の行方を捜すが、彼女は崖から身を投げ、死体も見つからぬまま事件は終わりを迎える。

それから二十数年後、柚木という中堅作家がひょんなことから、寺田武史の生涯を調べ始めるが……。

 

ということです。先に前述の瑕疵から述べておくと、まずメイントリックのうちの一つが前例があり、かつ完全には成功してない(これに関しては連城の他作品などを顧みればある意味、意図していたものだったのかもしれませんが)という点です。

次に、暗号ミステリとしてはあまりにも難易度がぶっ壊れているところです。まず解ける人はいないでしょうし、正直説明されても完璧には理解できないです。

 

なのですが、でもやはり傑作なんです。

まず第一に、連城の文章が非常に上手くあっているという点です。

連城の文章って、確かに美文ではあるんでしょうがどうしても読みにくい部分があるように思っています。初めて読んだ連城作品は『戻り川心中』なのですが、とにかく読みにくかった印象が残っています(その分、衝撃も印象に残っていますが)。

けれども、この作品ではその文章があえかで緻密な内容を象徴しているかのようで、個人的には非常によくマッチしてると思います。それにより、数奇な愛の物語というのがより印象的なものとなっていますし、さらにまたノスタルジーという点でもよくできているように思います。

 

また、これまで読んでいた中で一、二を争うほどに本格魂を感じました。

仕掛け自体は、他の連城作品と大きな差はないのですが、その見せ方がとても面白いです。そもそものこの寺田武史の謎に踏み込む導入からして面白いですし、またそこに絡んでくるある人物の配置の仕方が非常に本格らしさが漂っています。そして、ラストに見せてくれるトリックの複雑さもそれを支える伏線も美しい。

 

とにかく面白い作品です。いかにも連城らしいぶっ飛んだ作品でありながら、美しく抒情的で絢爛かつ繊細。

傑作です。やっぱり。

 

余談として、『敗北への凱旋』が好きな人へのおすすめとして、物憂げな印象だった叔母の生涯の謎を探るという恋愛ミステリ多島斗志之『離愁』(単行本版『汚名』)を上げておきます。