猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

藤井太洋『公正的戦闘規範』

 

 2024年、上海の日系ゲーム会社に勤める元軍人の趙公正は、春節休暇で故郷の新疆へと帰る途上、思いもかけない“戦場”と遭遇する―近未来中国の対テロ戦争を活写する表題作と、保守と革新に分断されたアメリカを描く「第二内戦」という同一世界観の2篇、デビュー長篇『Gene Mapper』のスピンオフ「コラボレーション」、量子テクノロジーが人類社会を革新する「常夏の夜」など全5篇収録の、変化と未来についての作品集。 

 

技術側面は全く分からない。でも面白い。という感想。

長編でもそうなのですが、基本的に小難しい技術描写をストーリーに乗せてかみ砕いてくれるのでなんとなくだけれども分かる。勿論、ストーリーが追えなくなるということはない。

ので、軽い気持ちで読んでも最高に楽しめる作品集です。

ですが、他作品のスピンオフであったり、アンソロ収録作であったりを集めた短篇集なので、どちらかといえば他の作品作品から読んでほしいようにも思います(単体でも十分楽しめる作品ばかりなのですが)。

 

「コラボレーション」

長編『Gene Mapper』と舞台を同じくした作品。

インターネットが崩壊し、それの代替としてトゥルーネットが使われている近未来。主人公の高沢はインターネットの残骸の中に自分が過去に作った〈ソーシャルペイ〉という簡易決済サービスの痕跡を見つけ調べ始めるが……。

完璧には理解し難い専門用語をある程度のレベルで読者が理解できるように砕きつつ、それでいて決して説明過多にならない。そういった長編にみられる良さが現れた作品です。作中にプログラムのテキストが仕込まれているのですが、これが不思議なことに全く分からなくてもおもしろい。また、そこから見せるビジョンもサスペンスも巧い。長編作品と同じようなベクトルの面白さを短編の分量で作り上げた良作。

 

「常夏の夜」

舞台は台風に襲われ復興途中のセブ島。記者である主人公タケシ・ヤシロは復興の様子とそこで開催されたIQCICQ(国際漁師通信計算機学会の取材を進めていた。そこで彼はシンガポール軍の女性士官リンシュン・ウォン少尉とエンジニアのカート・マガディアと出会う。そして、彼はカートから量子アルゴリズム〈フリーズ・クランチ法〉を応用させた文章分岐予測ツールを授かる。

量子コンピューターという先端テクノロジーを使って、災害からの復興を描いた作品です。技術関連の話だけでも分からないなりに非常に面白いのですが、そこでサスペンスとアクションが展開され、果てには人間とテクノロジーの未来を映し出す。もう面白くないわけがない。最後の一文も最高。

 

「公正的戦闘規範」

主人公の趙公正は元テロ行動部隊の兵士で、今は日系ゲーム会社で働いている。彼は、春節の長期休暇に帰省の為列車に乗っていたがその途中でテロに巻き込まれる。そして公正な戦いへと戻すための戦いが始まる。

伊藤計劃トリビュート』が初出。いかにも『虐殺器官』であり、それでいてその逆をいくような作品です。主人公が幼少時、政府から支給されていたスマートフォンでプレイしていた〈偵判打〉というモバイルゲーム。それがこの作品の肝となってくるのですが、この要素の扱い方が非常に上手く、そこから展開されていく戦いの構図も非常に面白い。決して未来に対しての明るさがある作品ではないのですが、それでもやはり、未来に対する力を見せられる。そういうような傑作です。

 

「第二内戦」

探偵ハル・マンセルマンの所にある依頼が飛び込む。依頼者は女性投資技術者のアンナ・ミヤケ博士。流出した裁定取引実行プログラム〈ライブラ〉を取り返すという依頼である。しかし、その流出先は2021年に合衆国から独立したアメリカ自由領邦〈FSA〉であった……。

二つに分断されたアメリカを背景に展開されるハードボイルド(?)。全体的に海外作品っぽい洒落た部分が随所にみられる一方でゴリゴリの技術小説。また、その中で技術者云々の話であったり、それに関連した皮肉な話であったり非常に各所各所が面白い作品。

 

「軌道の環」

木星の大気鉱山の作業中に足を踏み外した地球教徒のジャミラは危ういところを或る船に助けられる。しかし、その船は地球圏を滅ぼす計画の実行部隊の船であったのだった……。

宇宙SF。これまででおそらくもっともスケールの大きい作品。であるのですが、とにかくディティールが凝ってる。計画のスケールの大きさ、そこからの意外な構図は非常に上手いのですが、それのキーとなってくる伏線が非常に上手い。細部でらしさが生きた傑作。