猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

藤井太洋『東京の子』

 

東京の子

東京の子

 

 2023年、東京。パルクールパフォーマーを15歳で引退した舟津怜は、戸籍を買い、過去を隠して新たな人生を歩んでいた。何でも屋として生計を立てる彼は、失踪したベトナム人、ファム・チ=リンの捜索を依頼される。美貌の才媛である彼女は、「東京デュアル」内にあるチェーン料理店のスタッフをしていた。オリンピックの跡地に生まれた「理想の大学校」、デュアル。ファムはデュアルの実情を告発しようと動いていたのだ。デュアルは、学生を人身売買しているのだという―。アフターオリンピックの日本を描いた社会派エンターテインメント。 

 

まず帯の文面が最高に良いので引用しておきます。

東京オリンピックの熱狂は終わった。

モラルも理想もすっからかんになったこの国だけど、僕たちは自分の足で、毎日を駆け抜けていくんだ。 

 

主人公の名前は仮部諌牟――というのは買った他人の戸籍の名目であり、本名は舟津怜。彼は小学生時代にパルクールの動画でyoutubeで人気を博し、海外のファンからは“TOKYO NIPPER(東京の子)”と呼ばれていた。

その彼は二十三歳の今、ベトナム料理屋の上階の六畳一間に住んでおり、職場に来なくなった外国人を連れ戻すという何でも屋として収入を得ていた

ある日、無断欠勤しているベトナム人女性の捜索を依頼され、彼女の職場がある〈東京デュアル〉へと足を踏み入れる。

 

そこで、この作品の主舞台となる東京デュアルが登場します。

この東京デュアルというのは、正式名称〈東京人材開発大学校〉。ドイツの公共職業教育訓練〈デュアル・システム〉を参考にし、500以上のサポーター企業と提携して学校内に職場を取り込んで実務を学ぶというコンセプトですでに4万人の学生を擁する。

 

その中で、仮部諌牟はベトナム人女性の捜索のうちに、その学校内のデモへと巻き込まれていくというストーリーです。

 

テーマとしては雇用問題なのですが、この作品の魅力はそれだけではないです。

その中で重要になってくるのが、パルクールです。それは主人公の過去でありながら、人間とのつながりの道具にもなっているし、はたまた彼の足ともなっています。

そのパルクールを、人間とのつながりを、雇用問題を、新しい学校の形を通して主人公が自分を見つける、それが本当によくできているし、この作品の最も大きな魅力であります。

 

また、その良さを引き立てているのが登場人物たちの純粋さです。

新しい形の学校に対する問題に向き合っていく登場人物それぞれの姿はあくまで純真なものです。そのため、そこに大きな悪意が存在することはないし、主人公もできる限り誰もが損をしない形を模索する。だからこそ、社会派的な問題が汚らしさを排斥しています。

また、彼らがそれでいて頭が良いのも魅力です。作中では、自虐的に高校を出ていないことを話題にしたり、学校の偏差値の低さが話題に上がったりしますが、そういうのではない頭の良さです(上手い表現が見つからない)。

他作品で見られるような完全無欠の天才というのはいないですが、頭の悪い人間がほとんどおらず、それが物語の進行をスムーズにしているように感じます。

 

そして、主人公の名前も物語で非常にファクターとなってきます。

最初の一文は

「名前が嫌い、ねえ」

ですし、そもそもの主人公の過去がこの名前と密接にかかわっていますし。

また、彼の成長譚としての側面では名前をアイデンティティの一部として扱っているようにも見られます。

そして、それをすべて昇華したラストも印象的です。

 

藤井太洋流社会派エンタメ、大変面白かったです。