猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

テッド・チャン『あなたの人生の物語』

 

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

あなたの人生の物語 (ハヤカワ文庫SF)

 

地球を訪れたエイリアンとのコンタクトを担当した言語学者ルイーズは、まったく異なる言語を理解するにつれ、驚くべき運命にまきこまれていく…ネビュラ賞を受賞した感動の表題作はじめ、天使の降臨とともにもたらされる災厄と奇跡を描くヒューゴー賞受賞作「地獄とは神の不在なり」、天まで届く塔を建設する驚天動地の物語―ネビュラ賞を受賞したデビュー作「バビロンの塔」ほか、本邦初訳を含む八篇を収録する傑作集。

 

映画化もされた表題作を含む八編を収録した傑作短篇集。

世評の高さもうなずける傑作ぞろいです。個人的に特に好きなのは、表題作と「バビロンの塔」でしょうか。勿論どれも好きなのですが。

 

「バビロンの塔」

バビロンに築かれた遥かなる塔。その塔の頂上の向こう、天には何があるのか、という話。

あまり、宗教には詳しくないのですが非常に面白かったです。まず、天まで届く塔という果てしなく大きなスケールのイメージで興味がそそられます。また、主人公がその塔を登るという過程はある意味冒険小説的でもありますし、随所で行われるヤハウェに関するディスカッションも宗教学的興味に溢れたものです。そして、結末も宗教的側面からと同時に、地球科学的側面(あまり良い表現が思いつかなかったのでニュアンスとして近いもので代替)からも面白いものとなっています(道中でのある設定もここに関わってくるのも非常に面白いと思います)。

 

「理解」

死にかけた主人公があるホルモンを投与されたことによって天才になり、すべてに意味を見出せるようになる話。

序盤は非常に分かりやすく単純に物語が進んでいくものの、中盤からどんどんエスカレートしていき、とにかくわけがわからない。けれども、やはり冒険小説やアクション小説的な展開はわくわくさせられます。また、このアクションというか戦いの始まり方があまりにも何事もないかのように始まるところは、ある意味歪で個人的には好きです。

 

「ゼロで割る」

数学者が数学の無矛盾性が成り立たないことに気付いてしまう話。

自分がすべての信頼を置いてきたものが間違いだったら……という話を極限までスケールを大きくした話。といっても、世界が云々というところまで物語は拡大されずあくまで、数学者の女性とその旦那の間の心情の物語です。心理描写を両側から描く面白さもさることながら、物語の内容を章立てのメタファーとして扱う点は非常に見どころです。

 

あなたの人生の物語

「メッセージ」というタイトルで映画化もされた作品。地球に現れたエイリアンとのコミュニケーションをとるために彼らの特殊な言語形態を解読する話。そして、その間に「わたし」が「あなた」の話を語るパートが挟まっているという構成です。

言語の解読という本筋も非常に面白いものなのですが、それ以上にラストでこの語り掛けのパートと一つの物語として収束していく様は面白く、感動的かつ圧巻です。しかし一つだけ不満点を挙げるならば、このエイリアンとのファーストコンタクトの物語が作者の仕掛けとあまりにも密接に関わりすぎていて、作者の仕掛けのための物語っぽく感じられてしまいます。

 

「七十二文字」

名辞でゴーレムを動かす物語に前成説を入れた話。名辞を開発する命名師である主人公がある貴族からの依頼で人類の危機に立ち向かう話。

二つのアイデアを組み合わせた点が上手い。また、この人類の危機に対する解決策とそこに至るプロセスが何とも言えない皮肉なものであるのも面白いと思います。

 

「人類科学の進化」

〈ネイチャー〉掲載のショートショート。科学記事風の作品です。面白いと思いますが、特に書くことはないです。

 

「地獄とは神の不在なり」

天使の降臨に巻き込まれ妻を失った主人公の話。そこにまた異なる経験を持つ二人が関わり……という話。

神の降臨、地獄、昇天などが可視化されている設定。その中で、天使の降臨に巻き込まれて敬虔な信者だった妻を失った、信者ではない主人公はどうするのかという物語。途中で語られる周辺人物のエピソードの数々も残酷なのですが、それに負けず劣らずの主人公の物語。妻との再会のための云々を模索しながらのあのラストは非常に印象的です。

 

「顔の美醜について」

カリーアグノシア(美醜失認処置)をめぐってある大学で論争が行われる話。

公平を守るために顔の美醜までも干渉されるという物語。勝手な解釈として、現実を限りなく引き伸ばしたような、そういう感じの印象を受けました。ですが物語のアプロ―チとして、幼少期からカリーを行われてた少女がそれを外した時どうなるのかといういわば真反対のことがなされていたり、あくまで、それを行き過ぎた差別統制ではなく、その利点も描きだしたりと絶妙な視点の立ち位置の巧さを感じました。また、その中での主人公の姿は非常に印象的です。