ロス・トーマス『冷戦交換ゲーム』
冷戦交換ゲーム (Hayakawa pocket mystery books (1044))
- 作者: ロス・トーマス,丸本聡明
- 出版社/メーカー: 早川書房
- 発売日: 1985/12/01
- メディア: 新書
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〈マックの店〉でこんな事件が起こったのは初めてだった。覆面姿の二人組が拳銃を持って闖入し、客に銃弾を撃ち込んで逃げたのだ。
ボン近郊に退役軍人マックがこのバーを開いたのは十年前、アメリカのスパイという身分を隠すため押しかけ経営者となったパディロと始めた。依頼マックは相棒の裏の仕事には口を出さずパディロは腕利きスパイとして、またマックの片腕として大過なく過ごしてきた。そこへこの事件だ。パディロは訳も分からぬまま正体不明の男たちを追って飛び出していった。(裏表紙のあらすじより一部引用)
冷戦下のドイツを舞台にしたスパイ小説です。
まず特徴として挙げられるのは、プロットの複雑さと典型的なハードボイルド的文体です。
この二点は、この作品の肝であり面白みの部分なのですが、その一方で読者を篩に掛ける箇所でもあります。
錯綜したプロットはどうしても読者が展開を捉えにくくなりますし、一人称にもかかわらず心理描写がほとんどなされない文章は登場人物の行動原理が把握しにくくしてしまっています。
しかし、その一方でこの特徴は大きくプラスに働いてもいます。
例えば、この作品の見どころとなるのが騙し騙されのスパイ戦において、登場人物たちの内面を排斥したことで読者は表面上から見ることしかできなくなった結果、サスペンスフルな展開をより演出できています。
また、人物造形も良く、客観的な視点で描くことで作中世界においての登場人物たちの見られ方をより克明に描くことが出来ています。
個人的に一番この作品の見どころだと思うのはマイクとパディロのバディ関係です。
この作品の導入は典型的な巻き込まれ方なわけですが、その要因となるのはマイクとパディロのいわば友情でありますし、そのほか様々な点においてこの二人の関係性が関わってくるところがあり、その一例としてラストは非常に巧く演出できていると思います。
ただ不満点もいくつかはあり、例えばそもそもの原因となった同性愛者の数学者カップルの云々とかラストの展開の唐突さとか。
その辺に関してはもう少し記述が欲しかったように思いました。分かりにくい部分があるのは全然大丈夫なのですが、細部の記述まで省かれると少ししんどいところがありました。
面白い部分と分かりにくい部分が共存している印象の作品でした。嫌いではないですし面白かったのですが、それでもなんとなくはまり切れない部分もあり、という感じでした。