猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

佐野洋『脳波の誘い』

 

脳波の誘い (講談社文庫)

脳波の誘い (講談社文庫)

 

 脳波を送って他人を自殺させることができるという、奇妙な老人が出現。さっ、そく週刊誌の記者が取材に赴いた。世紀の話題か、はたまた変人の世迷言にすぎないのか? だが、取材中に記者が「こんな人を殺せますか」と冗談で話に出した人物が、間もなく不思議な自殺を遂げてしまった! 謎が謎を呼ぶ、傑作推理長編。

 

佐野洋を読むのはこれで四冊目(他は『第六実験室』、『一本の鉛』、『透明受胎』)になるのですが、まあよく言えば安定している、悪く言えば凡庸。

優れた点としては、伏線の巧さとストーリー展開の面白さでしょうか。

 

しかし、ストーリーに関してはこの作品では個人的に少し引っ掛かるところがありました。

それは、導入と結末のずれです。

物語は水崎啓次という記者が出版社の編集部に戻ってくるとろから物語は始まります。彼は脳波を使えるという奇妙な老人の取材を終えて帰ってきたところ。その老人がただ単に精神病だとしてほとんど信じていない水崎でしたが、その老人から彼の著書を出版するよう要求された水崎はある男を脳波の力で自殺させてみるようにいったのです。しかしそれからしばらくして驚きの知らせが。何とその男が自殺を果たしたというのです。これは本当に脳波の力なのか……?

という導入。

しかし、この老人のテレパシーの能力云々は中盤から完全無視され、最終的には全く予想できないような展開を迎えます。

それはそれで確かに面白いのですが、あまりにも導入をぞんざいに扱いすぎです。一応、謎という形として提示したのならばそれに対してある一定以上の検討を行う必要はありますし、それを読者に示す必要もあるように思います。それを流して、全く違う方向に解決を持っていくのはどうかなと思います。

 

しかし、その一方で面白い部分も多々あり、最も見どころなのは犯人の追い詰め方です。この辺に関しては時代性が見られるというか、古めかしいエンタメ的なのですが、意外としっかりと出来ており、読者の視点も忘れることなくつくられているのが好印象です。

また前述の通り、伏線のコンパクトながら明確に犯人を示しており、読者に対しても十分な納得を感じさせる様は最近の作品ではあまり見られない、昭和ミステリらしさを感じさせます。

 

いささか不満点も感じますが、基本的にはコンパクトで手ごろな佳作といったところです。