ウィリアム・モール『ハマースミスのうじ虫』
風変わりな趣味の主キャソン・デューカーは、ある夜の見聞をきっかけに謎の男バゴットを追い始める。変装としか思えない眼鏡と髪型を除けばおよそ特徴に欠けるその男を、ロンドンの人波から捜し出す手掛かりはたった一つ。容疑者の絞り込み、特定、そして接近と駒を進めるキャソンの行く手に不測の事態が立ちはだかって…。全編に漲る緊迫感と深い余韻で名を馴せた、伝説の逸品。
こういう〈クライム・クラブ〉のの中から一本選ぶと選ぶとすれば何にすべきか、大いに迷うのだが、やはり、第23巻のウィリアム・モールの長編『ハマースミスのうじ虫』(1955)でいきたい。地味な作品だから文庫化もされず(この先もされる気配はない)、絶版で気が引けるのだが、これはミステリ的面白さを超えた何かを持っている小説だと思うからである。(瀬戸川猛資『夜明けの睡魔』)
瀬戸川猛資の「ミステリ的面白さを超えた何か」という評はまさにぴったりでこれ以上の事はかけないように思うのですが、軽く書いていきます。
ワイン商であるキャソン・デューカーはある日人見知りの銀行家が暴飲しているところを見かけます。普段は一定量以上を飲まない彼の暴飲を訝り、事情を聴くことに。そうすると、彼はバゴットという男に、ありもしない、けれども否定のしようがないことで脅迫され、金をとられたというのです。そこで正義感に燃えたキャソンはバゴットを見つけだそうとし始めます。
こういういわば、素人探偵ものです。なのですが、捜査というよりは、バゴットを追い詰めるサスペンス的なものです。
ほぼ全編が、犯人VS素人探偵という構図になっています。
で、この作品の面白さはまず、過程の面白さです。
個人的には英国ミステリの中盤の単調さがあまり好きではないのですが、この作品は非常に楽しめました。
サスペンスとは言ったものの、決してハイペースではなくむしろ遅いぐらい。けれどもユーモアセンスの良さ、キャラクターの面白さからか、決して退屈さを感じることはありませんでした。
また、心理描写も程よくアクセントとして効いており、決して犯人を典型的な人非人扱いをすることなく、あくまで悪が表出してしまった一般人的な描き方をしている点も見どころです。
おそらくそれも一因だと思うのですが、あらすじだけを見てみるとなんとなく卑しく、汚らしい物語に思えるのが、あくまで英国的な高貴さを失わない優れた文学作品的な香りを纏ってるものとなっています。
そして、素晴らしいのがラスト。それまでの高貴な文学作品としての流れを受けながらも、少し人間臭く、印象的なものとなっています。
ミステリ的側面から見ても面白く、同じような構成の作品を読んだことはあるのですが、ここまでうまく使えて歯いなかったように思います。
ということで、ぜひとも読んでほしい佳品です。