猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

トマス・フラナガン『アデスタを吹く冷たい風』

 

風が吹き荒さぶ中、闇を裂いてトラックがやってきた。運転する商人は葡萄酒を運んでいると主張する。だが職業軍人にして警察官のテナント少佐は、商人が銃の密輸人だと直感した。強制的に荷台を調べるが、銃は見つからずトラックは通過してゆく。次は必ず見つけて、武器の密輸入者は射殺する…謹厳実直の士、テナントがくだした結論は?「復刊希望アンケート」で二度No.1に輝いた7篇収録の名短篇集、ついに初文庫化。  

 

ポケミス復刊アンケートで二度一位を取り満を持しての復刊、という時点でもうすでに評価の固まっているような作品ですが、個人的には大傑作というほどではなく、本格から奇妙な味までバラエティ豊かな粒ぞろいの短編集という印象です。

以下、各々に関して軽く感想を書いていきます。

 

「アデスタを吹く冷たい風」

武器の密輸方法というhowを扱った作品です。細かな伏線に裏打ちされた、盲点を突く真相もさることながら、それと連動して様々な事象にみられる反転も印象的な佳作です。

 

「獅子のたてがみ」

傑作。アメリカ人スパイの射殺事件に関してテナント少佐が審問を受ける、という作品です。印象的な仕掛けとそれに対して伏線的に働いている意外な事柄も非常に優れていますが、それと同時に審問の進行とともにだんだんと明らかになっていくシニカルなネタも面白い作品です。

 

「良心の問題」

ドイツの捕虜収容所で5年暮らした男が殺される、という話。ピリッと効くトリックも非常に魅力的ですが、そこから明らかになる過去の物語とあくまで表面からしか語られないテナント少佐の思考が垣間見える点は見どころです。

 

「国のしきたり」

表題作同様、密輸のhowを主眼にした作品です。トリックは面白いのですが表題作と比べるとやはり目劣りする印象で、読み終わって一週間ほど経った今感想を書いているのですが、ほぼ内容を忘れてしまっているような、いささか他と比べるとインパクトに欠ける作品です。

 

「もし君が陪審員なら」

これまでとは打って変わって奇妙な味。全体的に意外性はなく、インパクトに欠けるのが残念な点ですが、非常に基本に忠実なお手本的作品です。

 

「上手くいったようだわね」

やはり「もし君が陪審員なら」同様、インパクトには欠けるのですが、そこに至るプロセスが非常に面白く、最後の結末を導くある要素が非常に上手い作品です。

 

「玉を懐いて罪あり」

15世紀のイタリアを舞台にした歴史ミステリです。H・S・サンテッスン編『密室傑作選』に「北イタリア物語」として取られている作品です。非常に傑作と名高い作品なのですが、個人的には伏線となっている箇所に違和感を感じてしまい、世評ほど楽しめませんでした。ですが、真相のインパクトは大きく、一読の価値ありの秀作です。