猫の巣

読んだ本の感想など、気の赴くままに。

パオロ・バチガルピ『第六ポンプ』

 

第六ポンプ

第六ポンプ

 

化学物質の摂取過剰のために、出生率の低下と痴呆化が進行したニューヨーク。下水ポンプ施設の職員の視点から、あり得べき近未来社会を鮮やかに描いたローカス賞受賞の表題作、石油資源が枯渇して穀物と筋肉がエネルギー源となっている、『ねじまき少女』と同設定のアメリカを描きだすスタージョン賞受賞作「カロリーマン」ほか、全10篇を収録。数多の賞に輝いた『ねじまき少女』でSF界の寵児となった著者の第一短篇集。

 

粒ぞろいのSF短篇集です。

全編を通して読んだ感想としては、まず非常に汚らしさが強調して描かれているという点です。

この汚らしさは精神的なもの、物理的なもの両方を指しています。

技術的な進歩に伴った物理的な汚れを描き、そこから敷衍させて精神にも踏み込んでいるという風に個人的には感じました。

また、この心理描写も非常に現実の人間っぽい一面を見せながらも、その一方でどこか現実とは違っているような、そういう印象を受けました。

やはり、そういう点を考慮すれば収録作中の個人的ベストは「カロリーマン」か「砂と灰の人々」でしょうか。

以下、各編に関して軽く感想。

 

 

 

「ポケットの中の法」

サイバーパンク的雰囲気漂うデビュー作。舞台は中国成都。路地裏でストリートチルドレンの少年がデータキューブを拾ったところから展開されていく物語。

都市の、かつ物語の、中心に座っている“活建築”が非常に良い味を出しています。非常に濃厚な作品で、全体的に彩度の高い色合い(それこそ表紙みたいな感じの)イメージが連想されるような作品です。また、余韻を残すラストとそれにマッチしたタイトルも非常に良いと思います。

 

「フルーテッド・ガールズ」

身体を楽器にされてしまった姉妹の物語。

耽美でポルノグラフィ、そして果てしなく幻想的。聴覚野と視覚野を同時にくすぐられるような衝撃とフルーテッド・ガールズの身体のような繊細さが共存したような作品で、世評の高さも納得です。

 

「砂と灰の人々」

食糧危機に応じて変化し、砂などを食べて生きていけるようになった人類。そんな中に突然本物の犬がどこからか現れてくるという話。

収録作中では最も設定とストーリーが単純明快。自分たちとは完全に異なり、というかそもそも存在自体がありえない本物の犬による彼らの心理描写が秀逸な作品。ラストの単純には言い表しにくい感じが、人類でありながら人類とは少し違った何かを巧く表せているように思います。

 

「パショ」

主人公はジャイのパショ。彼はケリで十年間勉強しパショとなって帰ってくる。しかしそんな彼を昔ケリと戦争を行った祖父は歓迎せず……。

正直、一回目読んだ時にはイマイチよくわからなかったです。パショ、ケリ、ジャイなどの単語が全く説明なく使われながら物語が進行するため内容を把握しづらい。しかし、ある程度の大筋は十分できるし、もう一度軽く読み直してみると非常に構図が面白かったです。

 

「カロリーマン」

長編『ねじまき少女』と舞台を同じとする作品。

カロリーが主エネルギーとなった世界。そこでは遺伝子特許を持つカロリー企業が市場を独占していた。そんな中主人公のラルジはある遺伝子リッパーを南へと連れてくるべく川の上流へと向かっていたが……。

ディティールの書き込み、ストーリーの面白さに、発想の面白さがコンパクトな分量で詰め込まれた作品。片隅で繰り広げられる物語が、世界に影響を与えるであろうビジョンを見せてくれる傑作です。

 

「タマリスク・ハンター」

水資源が枯渇し始めた世界。その大きな要因が地に根を張り水を大量に吸うタマリスク。主人公はそのタマリスクを伐採することでもらえる報酬で生計を立てるタマリスク・ハンター。

環境問題的側面もですが、この主人公のある行動も非常にリアルで、現実でも類似した話を聞いたことがあるようなものです。そうした現実の延長線上的世界において、非常に小説的に物語をまとめた佳作。

 

「ポップ隊」

技術の進歩による事実上不死を手に入れた人類。それにより出産は禁止されるようになる。そしてそれに違反し、出産、育児を行う人間を取り締まるのがポップ隊で、主人公もその一員。

他の収録作同様、非常に汚さが強調して描かれている一方で、間接的に人間の微妙な心理も描いています。この心理描写に関しては「砂と灰の人々」との共通点を見出すこともできますし、個人的には“らしい”作品なのではないでしょうか(この作品を読んだだけの感想なので見当はずれかもしれませんが)。

 

イエローカードマン」

マレー半島に居住していた華僑がタイのバンコクに追いやられイエローカード難民として暮らしている。主人公もそのうちの一人で、かつては海運業界の大物。そんなところに昔馘にした若者が成功者として現れる。

まず、汚れ切った街と人間社会を描くのが上手い。瘤病であったり魔猫であったりが非常にいい味を出していて読んでいて薄暗い汚らしいイメージが自然と湧き上がってくる。それぞれの言葉の重みであったり、それ起点とした展開も、その奥の人間のいやらしさも克明で印象的な作品。

 

「やわらかく」

アンソロジーに収録されていた作品だそうです。難しい単語をお題にしてそれぞれにそこから物語を作ってもらうというもののようです。

で、バチガルピに与えられたお題はmacerate。正直ストーリー自体はそんなに特筆すべき面白さはないのですが、お題の扱い方は面白かったです。

 

「第六ポンプ」

人類が痴呆化した中で主人公が下水処理システムの整備を行い、故障した第六ポンプを直そうと奮闘する話。

全編に化学物質と人間の知力の低下への警鐘を感じますし、また非常に身につまされる作品でもあります。その一方でアメリカンコメディ的ストーリー展開も非常に面白い作品です。